
内容は・・・
女ったらしの貴族ドン・ジョバンニが、昔棄てた女ドンナ・エルヴィーラに偶然遭遇します。
しかしジョヴァンニはその場を従者レポレッロに任せて立ち去ってしまいます。
残されたレポレッロはエルヴィーラに、
「旦那に泣かされたのは貴女だけじゃないよ。イタリアでは640人、ドイツでは231人、しかし、ここスペインでは何と1003人だ」
と有名な「恋人のカタログの歌」を歌ってジョバンニが関係した女を羅列して慰めたつもりになるのですが、エルヴィーラは、呆れて立ち去っていいくというものです。

こうやって物語の概要を第三者の視点で観ると、貴方が男性でも、レポレッロが、どれほどお門違いな慰め方をしているのかが、分かると思います。
しかし、男というものは、実際に、女性から相談事を持ちかけられると、レポレッロよろしく、お門違いな慰め方をしてしまい、逆に女性からがっかりされるのは、どうしてなのでしょう?
例えば・・・
「人見知りで、自分から話しかけられなくて、なかなか友達が出来ないの・・・」
には、
「案外、みんなそういうものだよ」。
「最近彼とマンネリで・・・」
に対し、
「どんなカップルでも、そんな時期があるもんだよ」。
「なんか最近、自分に自信なくなっちゃって・・・」
という相談に対し、
「誰だって本当は自信が無いけど、それでも頑張っているものだよ」。
「忙しすぎて、何だか今日は疲れちゃった・・・」
に、
「俺なんか、昨夜2時間しか寝ていないんだ」。
・・・という、
「皆」や「人それぞれ」などという一般論や、「オレだって、こうだった」式返しワザ・・・。
しかし、女性と言うのは、今まさに自分が直面しているこの問題に対するコメントと、その問題と対峙している女性自身に対する慰めや、励まし、共感を態度で示して欲しいのです。
ですから、これでは、会話が成り立つどころか、逆に「私の気持ちなんか、何にも分かってくれない」という事になります。
だって、女性からすると、「私は私であって、他の誰でもないし、他のケースや状況と私や、この問題は無関係・・・」ましてや、男性の一見励ましている風「俺だって」自慢なんて・・・相手の存在や気持ちを無視する言語道断な行為です。

さて、男性→女性の慰め方を見てもらいましたが、逆に女性→男性と言う場合も、なかなかうまく慰められず、慰めるつもりが、逆に男性を怒らせてしまう場合が多いのですが、それは、なぜでしょうか?
続きを読む